France Gall

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フランス・ギャル 乳がんで死去

1960年代のヒット曲「夢見るシャンソン人形」などで知られるフランスの歌手フランス・ギャルが1月7日、乳がんのため死去されました。70歳でした。


フランス・ギャル

France Gall

本名 Isabelle Geneviève Marie Anne Gall 1947年10月9日 – 2018年1月7日はフランスのパリ12区で生まれた。
父は作詞家のRobert Gall。母はCécile Berthierで、パリ木の十字架少年合唱団」の共同設立者として知られるPaul Berthierの娘。1963年に、フィリップスより「Ne Sois Pas Si Bête(恋のお返し)」でデビュー。

中等教育卒業。1965年にイタリアで行われた第10回ユーロビジョン・ソング・コンテストにルクセンブルク代表として出場し、父親の知人で歌手のセルジュ・ゲンスブール供の「Poupée de cire, Poupée de son(夢みるシャンソン人形)」を歌い優勝した。

日本語盤も発売され、1966年6月に来日公演。
ビートルズ来日と同じ年月だったんですね。
当時私は中学生で洋楽・ポップス大ファンでした。所属クラブのブラスバンド部でテナーサックスを吹いていました。『夢見るシャンソン人形』も良く演奏していましたが、その2ヶ月後に発売された『涙のシャンソン日記』は好き過ぎて鼻歌でも毎日口ずさんでいたのを記憶しています。

セルジュ・ゲンスブールとの関係を断ち切る

1966年発表のゲンズブールのプロデュース曲「Les sucettes」(アニーとボンボン)は、棒付きキャンディが大好きな女の子の歌で、歌詞の裏の意味は棒付きキャンディから連想させる性行為について歌われていた。

それを知らない純粋なギャルは、TVで無邪気にキャンディを舐めたり、怪しいキャンディの着ぐるみと一緒に踊ったりゲンズブールの思うままだったそう。

後にこの曲の本当の意味を知ったギャルは、ゲンズブールとの関係を断ち切り、極度の人間不信に陥ったと言われています。

『アニーとボンボン』日本語盤歌詞

アニーはアメン棒が好き
ニッキ入りのアメン棒が好き
アニーのアメン棒は
彼女のするキッスに
ニッキの香りをそえる
ニッキ入りの麦芽のアメが
アニーののどを流れると
彼女は天国にいる気分・・・

受賞して来日公演してから本格的な歌手へ

1970年代に入り作曲家のミッシェル・ベルジェと知り合い、彼のプロデュースのもと本格的な歌手として再スタートを切り絶大な支持を得ることになります。

いくつものレコード会社を渡りデッカに落ち着き大ヒットに恵まれます。
「Ella, elle l’a(エラ・エ・ラ/エラ・フィッツジェラルドに捧げる)」もそのひとつでした。。

後の1976年にベルジェと結婚、2児を授かります。

年齢もあるのでしょうが、まったく別の歌手のようです。

フランス・マクロン大統領がTwitterで哀悼の意を表しています。
「彼女はフランス人の誰もが知っている歌とともに、彼女が愛した人たちに人生をささげるという一つの生き方の例を残した」と投稿。

ご冥福をお祈りします


当時 日本で流行ったフレンチ・ポップス

マージョリー・ノエル『そよ風にのって』:1965年

ダニエル・ビダル『天使のらくがき』1969年

ウイルマ・ゴイク『花のささやき』1966年

シルヴィ・ヴァルタン『アイドルを探せ』1965年ライブ

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