金正恩、横田めぐみ

父親は金正日、母親は横田めぐみさん

Sponsored Link



 名前の「正」は金正日の正、「恩」は横田めぐみさんの 恵 からとったと言われています。この血筋がゆえに、彼が北朝鮮のリーダーになったのでしょう。

李 垠さん、方子さんの結婚と子供、敗戦後の2人について

ある医師の判断では「方子さんは子供が産めない体質(世継ぎができない)」ということで好都合だと李王朝に嫁がせたが、結果的には男子を産んでしまい赤ん坊 のうちに暗殺されたと数年前読んだ覚えがある。最初の息子は亡くなったが、その後男子2名(既に他界)、女子1名(横田早紀江さん)が居るようだ?

朝鮮総督府にとっては方子様と李垠の間に子が授かった事は都合が良いことではありませんでした。 朝鮮総督府を実質支配していた日本の陸軍は日本の皇室 典医を通して方子様が子供を産めない身体だと確認したから李王朝の皇子と成婚の運びとなったのです。 この時点で朝鮮総督府内の陸軍参謀の一部が李王朝の 断絶を目論んでいたのは明らかです。 しかし、実際には二子をもうけたのです。 診断した日本の皇室典医は自殺したそうです

結果的に方子さんは結婚2年後に王子を出産。名は晉(チン=しん)と命名。

朝鮮側の強い要望により、生後8ヶ月の赤ん坊を連れて夫妻は初めて1923(大正11)年日本から朝鮮に渡る。 明日日本に帰国するというお別れの晩餐会の後、部屋に戻ると赤ん坊が青緑色のものを吐いており、3日後に死去。 これには日朝双方の暗殺説がある。

その後、公式には男子を2人産んだ事になっていて(2人とも既に他界)、女子は記録にない。 ところが、昔から皇族では女子は「員数外」であって、嫁入り 先にも困るので、こっそり尼寺に入れちゃったりするわけです。 京都には無数の尼寺があって、そういうのって、たいてい皇族と関係があったりする(早紀江さんは京都生まれ)。 で、この李方子さんが産んだ女の子が、あの横田めぐみさんの母親である「横田さきえ」さんだ、という説です。

李夫妻の話に戻りますが、終戦後の1947年(昭和22年)2人は日本国籍を喪失した(無国籍)。
戦争で負けた日本による韓国併合は振り 出しに戻り、日本も韓国もアメリカの影響を受け始めた。 李夫妻は大韓民国の初代大統領・李承晩の反日政策により韓国への帰国を拒否され続ける。 李承晩 大統領は1910年の日韓併合に反発し、朝鮮独立運動家として活動後、アメリカへ亡命した過去を持つ。 そのアメリカのバックアップもあったように思われ るが、終戦時に韓国に帰国し初代大統領となった。 (この大統領も同じ李さんなのですが、「王族の分家」で「1948年5月の初代総選挙」で大統領に就任したようです。)

1963年(昭和38年)の朴正煕大統領時代に李夫妻はようやく韓国への帰国を果たした。 生活費は韓国政府から支出された。

李方子さんは夫の死後も韓国で障害児の援助や福祉に力を注ぎ学校も設立している。 韓国国民からは「韓国の母」と呼ばれている。 62歳から87歳で亡くなるまで、方子さんの四半世紀は福祉一色だったそうでした。

http://grnba.com/iiyama/抜粋

3月18日の「拉致被害者の横田めぐみさんの娘キム・ウンギョンさん(26)と、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)第1書記の実妹、予正(ヨジョ ン)氏は同じ大学に通い、同じ政府機関の部署で勤務していたとみられる」との報道は来るべきコペルニクス的転換の予兆である。二人が同一人物であること (つまり横田めぐみが金正日の妻であり彼らの子供がジョンウンとヨジョン=ウンギョンである)が報道され、彼ら三人家族が北朝鮮の皇室として姿を現す日が 近いと想像する。夫の金英男は単なる警備要員で、死んだはずの正日が実は生きていて姿を現し四人家族になるかもしれない。彼らが日本語で大日本帝国の正義 の為に北朝鮮人民と帝国陸軍残置諜者が協力して戦ってきたという歴史の真実を語る時、一般の日本人は衝撃を受け、GHQのwar guilt information programから覚醒するだろう。
ジョンウンの正しい漢字表記が「正恩」であることが公表されたのは2010年10月1日。かつてこのブログのコメント欄で教えていただいた通り、 正日の「正」とめぐみの「恩(辞書によればめぐみと読むことがある)」の二人の子供であることを示したものだ。その妹とされる金汝貞(キム・ヨジョン)は 予正という表記を朝鮮中央通信が使用している。父の「正日」から「正」の字を引き継いでいるのだ。

そして、横田めぐみの長女とされるヘギョンは2011年秋の結婚の際に本名がウンギョン(恩慶)であることが明らかになっている。「恩」の文字が 入っているのは母のめぐみ(恩)から引き継いだものだろう。金汝貞(キム・ヨジョン)=金予正は1987年9月26日生まれ。キム・ヘギョン=ウンギョン (金恩慶)は1987年9月13日または3日生まれで、誕生日も非常に近い。現在金 汝貞(キム・ヨジョン)=金予正と報道される女性はキム・ヘギョン=ウンギョン(金恩慶)とは顔が少し違う様だが影武者だろうか?
北朝鮮の金正日(キムジョンイル)の息子正恩(ジョンウン)が体制を引き継いでいますが、その正恩(ジョンウン)の妹・予正(ヨジュン)と拉致された横田めぐみさんの娘とされる恩慶(ウンギョン)は同一人物ではないかという仮説です。
となると正恩(ジョンウン)の実母は横田めぐみさんです。高英姫(コヨンヒ:在日二世)が実母と公表されています。

横田夫妻とヘギョンさんがモンゴルのウランバートルで「ご対面!」

今回の「ご対面」は異様だったという。本来なら政府・マスコミが前宣伝し、カネ太鼓を鳴らして「手柄」を吹聴するものなのに、な~んか後ろめたい感じで、何日か経ってから、思い出したように発表する。この発表の仕方は、アヤシいと。

この「アヤしさ」の理由は…、
一つ、(米国や中国に)知られたくない「日朝の密約」。
二つ、知らせたくない「めぐみさんの“今”」。
三つ、「今は話せない」めぐみさんの“過去”(の栄光)。

“密約”とは…。
北朝鮮は大日本帝国の「残置国家」なので、今も(皇室・政府・政界・財界・官界は)様々な「パイプ」を保持している。この「パイプ」の中核が今回はモンゴルで極秘のバルブを開いた…。

“めぐみさんの今”とは…、健康状態と精神状態と国家的な地位である。これが横田早紀江さんが言う「今は話せない」理由だ。

「ウンギョンさんの夫と娘が同席。めぐみさんの夫(?)である金英男氏は同席していなかった」という情報で、ピン!ときた方が多いと思う。

金英男という男は、めぐみさんを監視し警護するための諜報員で金正日の特殊諜報部隊の隊員だった。その「使命」が完了したので今回モンゴルに来なかったのは当然なのである。

「めぐみカード」は、米国と中国を排除し、日朝が協同して爆発させる!
これが今回の(北朝鮮主導の)「日朝密約」の要点だそうです。(http://blog.goo.ne.jp/princeofwales1941)

〔特別情報①〕
北朝鮮による日本人拉致被害者の横田めぐみさん(拉致当時13歳)の父、滋さん(81)と母、早紀江さん(78)が3月24日、東京都千代田区の日本外 国特派員協会で記者会見し、モンゴルの首都ウランバートルにあるモンゴル政府の迎賓館で孫娘の金恩慶(キム・ウンギョン)さん(26)と面会したときの様 子を明かした。夫妻の表情は、実に明るく、笑顔に満ちていた。その「安堵感」あふれる表情は、一体何を意味しているのか? これは世界支配層(主要ファミ リー)筋の情報である。
横田滋さん、早紀江さん夫妻は3月10~14日の間、実質3泊4日の日程でモンゴルの迎賓館2階で、金恩慶と夫、その長女で曾孫(2013年5月に生ま れ10カ月)と初めて面会した。めぐみさんの夫と言われてきた金英男(キム・ヨンナム、韓国人拉致被害者)さんも同席した。その後、みんなで3階に上がっ ていくと、何と、めぐみ(朝鮮名・金恵慶=キム・ヘギョン)さんが待っていた涙の再会である。積もる話は、尽きない。みんなで集合写真も撮ったという。
この場には、日赤の田坂治・国際部長、朝鮮赤十字会の李虎林事務総長、外務省の小野啓一北東アジア課長、北朝鮮外務省の劉成日課長(日本担当)らが同席した。

〔特別情報②〕
横田滋さん、早紀江さん夫妻が17日午前11時半から、神奈川県川崎市の自宅近くの集会所で記者会見した際、「夢のような時間が実現した」「本当に奇跡 的な事で大きい喜び」「めぐみの生存への確信は全く揺らいでいません」とコメントした言葉が、そのことを示唆していたのである
この記事には英語版があります:
そんな中で横田めぐみさんは,いわば“皇后陛下”であり,隠然とした力を持つに至ったとみられる。

Sponsored Link

 

こちらの記事もどうぞ