本『餃子の王将』

『餃子の王将』の第三者委員会報告書

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第三者委員会報告書は、王将が1995~2005年にかけて、上杉昌也氏が関係する企業グループと取締役会の承認を経ない不適切取引を繰り返していたことを明らかにした。その総額は260億円に上り、うち約170億円もの資金が回収不能になっている。
上杉氏が王将からカネを吸い上げた過程が報告書には詳細にまとめられています。

たとえば1995年には、上杉氏の関連会社が所有するハワイの高級住宅街にある土地建物を王将側が18億円で購入。この際、取締役会の議決はあるものの、購入理由の記載はない。王将は子会社を介してこの土地建物を転売するが、売却価格は約6億円にしかならなかったそう。

1998年には、上杉氏のゴルフ場運営会社に子会社を通じて185億円を貸し付けているが、やはり王将側の取締役会の議決に理由は記載されていなかった。結局、この貸し付けは一部しか返済されず、2005年に王将は約40億円を債権放棄した。

およそ上場企業とは思えない巨額の資金流出でした。

上杉氏は被差別部落問題に取り組んだ著名な同和団体元トップ(故人)の異母弟です。彼自身は同和運動に携っていませんが、政財界から暴力団関係者など闇社会と接点のあるグレーゾーン人脈まで、幅広く影響力を持つ兄がいることを、自らのビジネス拡大につなげていった。建設会社を土台にしながら、ゴルフ場やホテル経営などレジャー産業を手掛けていきました。

王将創業者の加藤朝雄氏とは約40年前に接点を持ち、出店の許認可を手助けするなどして食い込み、加藤氏の死後も跡を継いだ長男・潔氏(3代目社長)や次男・欣吾氏(元専務)と関係が続いたそうです。

親族の裏社会との人脈を利用する上杉氏は、伸び盛りだった王将という飲食店グループの“トラブル処理係”といえる立場でした。

『王将』を出店する際に、建築認可を早められるように役所と折衝したりするのはもちろんのこと、店舗で火災事故が発生して上階に暮らしていた建物の所有者が焼死したケースでは、遺族との交渉をまとめるなどしてきた。

そうしたトラブル処理への創業一族からの見返りが、第三者委の指摘する数億~数十億円単位の資金提供だったわけです。

上杉氏の自宅を「ガサ入れ」

第三者委は上杉氏と王将の不適切な取引については詳細に指摘したものの「会社と反社会的勢力の関係は確認できなかった」と結論付け、射殺事件との関係にも言及しなかった。その一方で、捜査機関は上杉氏周辺をあたっています。

上杉氏は、バブル期に建設した福岡県内のゴルフ場を本拠としており、王将からも湯水の如く資金が流れていましたが、バブル崩壊後の2011年に民事再生法の適用を申請して倒産しました。

ゴルフ場は現在、別の企業に売却されていますが、その売却過程で上杉氏が行なった増資が、虚偽の登記変更によるもの(電磁的公正証書原本不実記録・同供用)だった疑いがあるとして、福岡地検が上杉氏の自宅や関係先に家宅捜索をかけています。

この家宅捜索を巡っては、捜査当局は王将や大東さんをめぐるトラブルの情報収集の一環で上杉氏にも話を聴いている(1月20日付、産経新聞)などと報じられ、射殺事件の全容解明に絡んで当局が上杉氏に関心を抱いている様子が垣間見えます。


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 今は『大東氏の射殺事件』『上杉氏と王将の不適切な取引』『殺害現場に残された暴力団関係者の吸い殻』『ゴルフ場増資を巡る不正』というそれぞれがつながっているわけではありません。ただ、京都府警は射殺事件について福岡県警と合同捜査に乗り出しました。

王将創業者の出身地も、上杉氏のゴルフ場も、吸い殻のDNA型が一致した暴力団関係者がいたのも、すべて福岡です。当局はなんとか点と点を結びつけることが射殺事件の全容解明につながるのではないかとみているわけです。

王将は捜査の進展について「コメントする立場にない」としたが、興味深いのは、今回公表された第三者委の報告書とは別にある、A氏と創業家一族の関係を洗った「別の報告書」が存在していたことでした。

もう一つの報告書

大東氏は2000年に創業者長男の加藤潔氏から社長を引き継ぎ、会社と上杉氏の関係を清算しようと考えるようになっていきました。そうした中で過去の不適切な取引について再発防止委員会を設置して調査し、2013年11月に報告書をまとめさせています。しかし、当時の取締役たちでさえ、臨時取締役会で30分ほど読む時間を与えられただけだった。回収された報告書を大東氏は封印しました。

大東氏としては、報告書を公表すれば上杉氏や加藤潔氏、欣吾氏の兄弟を告訴する必要に迫られ、自身も無傷ではいられないと考えたのでしょう。封印は上杉氏サイドにとってありがたかったでしょうが、報告書の存在が重石にもなっていたはず。京都府警はこの2013年11月の報告書も入手し、捜査を進めているはずです。

大東氏が射殺されたのは、この「もう一つの報告書」がまとめられたわずか1か月後のことだった。こうした点と点を一本の線につなげられるかに、事件の全容解明がかかっているのです。

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