上谷聡子

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神戸マラソン初代優勝者『上谷聡子』

上谷さんは神戸育ち。長年待ち焦がれた地元開催のフルマラソンだけに、神戸市役所前のスタート地点に立った時から、うれしくて仕方なかった。

「三宮の繁華街をランナーが独占できるぜいたくさといったら。ふだんは絶対に入れない車道の真ん中に立っただけで、めっちゃテンション上がりました」

コースには高校、大学時代の陸上部の練習で走り込んだエリアも多い。だが、知ってるつもりの風景が、当日はまったく違って見えた。

「信号待ちはないし、沿道には大勢の人が詰めかけているし、街全体がランナーのためのステージみたい。『私のために来てくれてありがとう!』と手を振りたくなりました。参加者一人ひとりが主人公になれる、それがマラソン大会のだいご味です」

忘れられないのは、新長田駅前付近にさしかかった瞬間。阪神大震災が起きた17年前、上谷さんは神戸市西区の中学1年生。身近には被害はなかったが、火の海になった新長田駅周辺をテレビで見た時の胸がつぶれるような感覚はいまでも鮮明に覚えている。

「あの惨状から立ち直った場所を、地元の人の声援を受けて走ってるんや。そう思うと、涙が出そうになった」と上谷さん。「『どんなに苦しくても大丈夫、きっと元気になるよ』と、街にエールをもらった気がした。神戸でマラソンを開催する一番の意義もそこにあるのだと思います」

沿道の応援にも背中を押された。26回目のフルマラソンだったが、「応援の熱さは、神戸が絶対ナンバー1」と太鼓判を押す。

「よそだと10キロくらいの空白区間も珍しくないのに、神戸は人おらんとこないやん、という感じ。しかも、『来てくれてありがとう』とか、言葉もすごくあったかいんです。誰が走っても、楽しい気分になれるはず。この雰囲気は、これからもずっとずっと受け継いでいってほしいです」と話す。

聡子は私の姪っ子 1981年生まれ

聡ちゃんは1981年大阪生まれ。神戸市立押部谷中学校で長距離を始めた。兵庫高校から、中学時代の恩師が陸上部監督を務める神戸学院大に進み、大学2年でフルマラソンに初出場。09年北海道マラソンで3位入賞を果たした。第1回神戸マラソンの記録は2時間40分45秒。今年も指導する学生と一緒に出場する。

ウチの嫁の兄の娘にあたります。

義兄は大阪市立大学を卒業して川崎重工に入り香港の中国支社長で長らく単身赴任後、最近定年退職して悠々自適のプー太郎を決め込んでいます。
今日(2018.2.18)は朝から京都マラソンの応援に神戸から駆けつけ、表彰式が終わってウチに寄るそう。


先週(02.11)姫路マラソンでは3位、本日京都マラソンで5位入賞しました。

大学チャンピオンスポーツにおける身体的・心理的コンディショニング調査をもとに、競技力向上およびスポーツを通じた人間形成とのつながりについて分析する。

神戸を愛してやまない少女(今はオバハンだけど中学時代は少女W)がマラソンに掛けた青春・・・
いずれにしても身内の記事で申し訳ありませんでした!

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